2013年1月14日月曜日

[映画] LOOPER/ルーパー(字幕版)

映画始め。2013年1月12日(土)昼のパートで見てきました。
ネタバレありますので注意。































「ルーパー」は昨年秋米国に旅行した際に見ています。この時は英語音声のみで、なんとなく理解した部分をWebで検索して補完。それでも理解してなかったなというのが今回の実質2回目の観劇での最初の感想。

伏線の塊
本作、1回目は中盤農家のシーンになって中弛みを感じたのですが、今回は全く感じず。字幕(松浦美奈さんとクレジット)は最近多い大文字タイプですが的確に要約されていて、耳で拾える部分を聞きながら字幕を追う事でストーリーを詳しく追う事が出来た。

ともかく無駄なシーンがない。例えばシド。重要な役ですが子供なのに怪演といっていいはまりぐあい。可愛いだけに見えるはずのシドなのに、彼が泣かないように母親のサラは努めていてそれでも無理だった場合はシドを放り出して一人ダッシュしてパニックルーム代わりにしていると思しき金庫に閉じこもるシーンがあります。このシーン、単なる育児放棄に見えて違和感を覚える訳ですが、ちゃんと理由があってサラはそのように行動している事が後で明かされる。
伏線=登場人物がある理由、論理で行動しているがその原理が見えない事だと思う。本作は映画らしく台詞ではなく画と演技でそれを見せているのは丁寧な脚本と演出がなければ出来ない事です。

複雑なタイムライン
本作は30年後の未来でタイムマシンが発明されているがその利用が禁止されている。また生まれた時から体内に位置情報などを発信するナノテクノロジーを仕込まれていて殺されてもすぐ逮捕される世界になっており、犯罪組織は消したい人物をタイムマシンで過去に送って、過去の世界に作った殺し屋組織LOOPERに消させるという設定。
LOOPERへの依頼料は消す人物に銀塊を背負わせて「支払い」。LOOPERに対して契約解除する場合は30年後のLOOPER自身に金塊を背負わせて精算する。ここでLOOPER自身の30年後の運命は確定。あとは現役時代に得た金、銀を元手に30年間を楽しむしかない。


作中では、ヤング・ジョー(レヴィット)は30年後の自分が送られて来た時、

(1)ヤング・ジョーがオールド・ジョー(ウィリス)を殺し損ない、組織に追われて落命してオールド・ジョーも消滅して全てが閉じるタイムライン
(2)ヤング・ジョーがオールド・ジョーを殺して30年後にある出来事があり、自らタイムワープして未来を変えようとするタイムライン
(3)ヤング・ジョーがオールド・ジョーを殺し損なって、組織に殺されそうになった所をオールド・ジョーに助けられるも対立して行くタイムライン

という3つのタイムラインで表現されます。
レヴィットがタイムワープしてくるウィリスを処刑しようとするシーンも面白く、空の飛行機雲と蠅の羽音を使って繰り返しのシーンである事を明示。

実際の所(1)は発生せず、(2)によりループを閉じられたジョーが30年間かけて髪の毛を失い、ウィリス化していく途中である女性と会いその運命を変えるべくタイムワープを行って、(3)で待ち受けていたレヴィットの処刑を出し抜く事で物語が本格的に動き始める。
……という認識で良いでしょうか。
(1)については起きたように見せつつ結局(3)の一シーンになるようになっているので混乱させやすい構造になっていると思ったのですが、確信まではありません。。。
ただ、変わりうる未来はある意思決定での分岐で世界が別れているようにも見えますので多元宇宙的な世界観で解釈した方が分かりやすいと思う。

なお未来が揺らぐ存在である事はウィリスが未来で得た伴侶の事を必死で忘れないでいようとするシーンが挿入される事で表現されています。
この事は最後のたった一つの冴えたやり方をレヴィットが選び取る重要な伏線になっていて、こういった細かい表現の積み重ねの上に本作が出来ているので、「中弛み」と思ったシーンがあれば見落としを疑った方が良いと思う。
(→この点単に記憶が呆けているだけに思えて来たので取り消し)

設定上の不具合
とは言え設定漏れかなと思ったシーンもある。それは「殺人出来ない世界」という点。これはウィリスの目の前で女性が射殺されてしまうところ。そもそも殺人が出来ない世界で殺傷武器があるのが不可解なのですが……とは2回目見終わった後に気付いた。

あとGPSなどナノテクで仕込まれている世界で、タイムマシンで行方不明になったとするとログからタイムマシン設置位置とその時に一緒にいた人物=拉致犯行者を特定出来ると思うのですが、このあたりは映画中では合理的な説明描写はありませんでした。

作品に勢いがあるので見ている時に気付かないあたりなのですが、惜しいとは思った次第。

既存作品のパッチワークかも知れない。それでも面白い
いろいろな映画のパッチワーク作品だという指摘を見かける。確かにレインメーカーや未来から送り込まれるという設定は「ターミネーター」(加えてサラの名前の元ネタかも)、中南部らしい農家や超能力設定あたりはスティーブン・キングの作品群、あとレヴィットの決断はティプトリー「たった一つの冴えたやり方」的な解決の影を感じる。
ただ、そういった小説や映画を咀嚼して一つの新しい物語として映像表現する事の価値を下げるものではない。そういった元ネタ探しと同時に丁寧に作り込まれた映像描写の一つ一つを見逃さずに楽しむのが一番ではないでしょうか。
これ、本気でやろうと思ったら個人差はありますが2回は見ないとダメかなと。私の場合は後1回は見る必要があると感じてます。

追記:レヴィットがラッパ銃を自分に向けた後……
最後、レヴィットが自殺する事で、オールド・ジョー(ウィリス)の存在をなくして未来を変えた訳ですが、記憶から消えてはいないあたりが多元宇宙論的な考え方しているんだろうなと。
一人のLOOPERが未来の自分の処刑に失敗して逃亡した所、LOOPERの鼻や指が切り落とされると未来からやってきたLOOPERの鼻や指が消えて行く描写で示されていましたが、未来人が「現在」にタイムスリップした場合、現在の時空で生きて行く事になるため、「現在」の若き自分に生じた影響は身体の欠損や一生残る傷といった形でしか反映されないという考え方をしているように思えます。
こう考えるとウィリスなき後の世界においてレヴィットが何を成し遂げたのかについてサラが忘れる事はなかった理由は説明が付きそうです。
(そしてそうじゃないとエイブの存在も説明が付かない。)

但しオールド・ジョーは自分がタイムスリップする事で未来を変えうると勘違いしていた事にもなります。ずっと写真を見て忘れないように努力していますが、オールド・ジョーはヤング・ジョーの時にループを閉じていた訳で、そのループを閉じさせなかった事で未来がどのように進むかリセットされたと思わないとつじつまが合いません。このあたりオールド・ジョーがまともにタイプトラベルの説明について怒って拒否した背景になっているのかも知れません。

追記2:SFでしか描けない作品
エンディングはジェイムズ・ティプトリーJr.の「たった一つの冴えたやり方」に相通じる自己犠牲の物語になっています。キリスト教を倫理の背景として持つ社会の映画としては批判すら予想される展開な訳ですが、このようなテーマを扱うのにはSFというオブラートが有効に機能します。
このような作品がアメリカで作られるようになった意味というのは興味深いので考えてみようと思ってます。

追記3:LOOPER世界でのタイムトラベル仮説
この世界観、プログラミング言語のオブジェクトの継承の概念に近いかなと。。。
  • 未来から過去へ物質転送は可能。転送された物体は過去に受けた影響がリンクされる。但し「過去」にまだ起きていない事象は影響を受けない。これはオールド&ヤング・セスに起きた事で分かる。
  • 未来から過去に来た場合、その物体は未来とのリンクは失われる。但し過去との因果関係は保持される為、過去の人に起きた事が未来から来た人に即時反映される。(何故未来からきた人に自分の体に欠損や傷がない記憶があるのかはこれで説明がつく)
  • 未来から過去へ物体が送り込まれる事でタイムラインが分岐して未来がリセットされる。この影響を最小限にする為、LOOPERは未来から送り込まれた「死刑囚」を即時処刑する制度とされた。
  • と書いてみましたが、この考え方は2つ弱点があります。一つは未来から送り込まれた仕切り屋の存在。あと一つは身体欠損のリニアな反映ですね。オールド・ジョーじゃないけど「タイムトラベルは……難しいんだよ!」でいいのかも。