2013年1月27日日曜日

[映画] ライフオブパイ

1月26日(土)21時の回で見ました。
※ネタバレあります。





本作の予告編、相当早い段階から流されていました。正直ひとりぼっちの海難ものはどうかなという思いがあったので見るつもりはあまりなかったのですが、上映前からのTwitterタイムライン上での評判を読んで気になったので見てきました。その前に見た映画の毒消しの意味もあったりはしますが。。。

「物語」を描いた物語の映画
一言で言えば「物語」を描いた物語の映画でしょう。語り手と聞き手が配置されて驚愕の物語が紡がれる。後半の驚異の物語を下支えする為にパイの名前の由来やリチャード・パーカーなど登場人物達の逸話が最初に語られる構成。
この前半のシーンがないと単なる「ひとりぼっちの海難もの」として絵がつまらないものになったと思いますので、このあたりのアン・リー監督の手腕は確かと思った次第。

パイの宗教観
日本船という設定にしては国際色豊かな船員たち。そして謎の沈没。
救命ボートにはシマウマ、オラウータン、ジャッカルとベンガルタイガー。そしてパイが残されてサバイバルが始まる。

パイの多様な宗教観は日本人の宗教観に通じる物がある。ヒンズー教、キリスト教、イスラム教。ただ遭難での神に試されていると感じたり、神がなしている事が素晴らしいとリチャード・パーカーにむりやり見せようとキャンパスカバーを外そうとするシーンはいったいどの神を思っていたのかは謎です。

物語の真偽性または語り手の信頼性問題
救命ボート装備はビスケット、水、太陽光による水蒸留装置、シーアンカー、サバイバル教則本、斧、魚等引き上げるのに使う手鉤棒、信号弾。
あれっと思ったのは緊急通信機、レーダーリフレクターがない点。今だとイーパブといった非常用通信機の搭載義務があるはずですが、搭載義務化が何時頃からなのかはちょっと気になる所です。(調べた範囲では分からず)
あと航空機や船に合図を送る為の手鏡がないのは解せないですね。これは単純なだけに奇妙。
こういった点は本作がパイが後から語る「物語」であって当時実際に何が起きたかはパイにしか分からない事であり、その真偽は保証されていません。故に分かっていてそのように描いた可能性があります。
そしてパイ自身が自分の語る話が物語であるという事に自覚的である事が後で語られるところに本作の凄みがある。幻想的な夜光虫、クジラとの遭遇、動物たちとのサバイバル、謎の浮島。物語世界での現実感を見事に映像化して見せる一方で、最後に語り手と聞き手の会話で全ては物語であり真実、真偽性は保証されないものである事が示される。
ただその一方であれだけ懐疑的だった保険会社調査員はレポート最後に物語の一端を信じた事を示す文章を挿入し、その文章を読んだ聞き手が納得する。

リチャード・パーカー
リチャード・パーカーの名前の由来。歴史的には英国海軍のノア反乱事件(多いんだ、これが)の指導者と海難事件で海水を飲んで死亡後食べられてしまったミニョネット号事件のいずれか。海水を飲んだ件、Thirsty(渇き)のあだ名を考えると後者の可能性の方が高そうです。

物語を受け取る側への問いかけ
作中のメインストーリーを物語として描いてみせ、どう受け取るのかを問いかける事で単なる海難サバイバルもの以上の作品に仕立てた作品の構造性は素晴らしいものがあります。アン・リー監督の手腕の為せる技であり「ぼっちの海難ものはなあ」と思われている人にも是非お勧めしたい作品です。このような作品を目の当たりにすると食わず嫌いはダメだなと思い知らされます。


追記:船の名前
「Tzimtzum」謎の名前でした。訳書だと「対馬丸」。ある悲劇により歴史に名を残している為、さけたのかなと思いますが、そうだとして映画で採用された名前は一体何に由来しているのか。すごく気になります。→ググっていたらこの事に触れたサイトがありました。ユダヤ教のカバラ由来だそうです。パイが帰依していた宗教を含めると世界四大宗教カバー。このように仕立てられた意図、意味が面白い。
※米amazonだと「Japanese cargo ship Tzimtzum」とコメントされているので日本語訳で丸シップらしい名前に差し替えられた(またはミススペルと判定した)ようです。著者の意図がある名前なのでこれは映画版の選択が正しいと思います。