ローランド・エメリッヒ監督の歴史ものという結構レアな作品。フィルモグラフィーを見直すと「インデペンデンス・デー」は見た事があるという程度。どちらかというとこの人の作品は回避傾向があったかなと。
内容は主人公がある貴族から代役で戯曲や詩を発表するように求められたので悩んでいたら仕事仲間にその役割を奪われて……という道化回しの軸とエリザベス女王と非貴族の側近と貴族達の政争と色恋沙汰という二つの軸で描いたもの。
これが最後ちゃんと結実していくというのは映画らしい映画。破綻もなく脚本がしっかり練られたものである事が分かります。Wikipediaを見ると「恋に落ちたシェークスピア」が出ていたため一度企画延期されていたものとの事。
それにしてもアメリカで2011年11月公開された本作、1年経ってようやく日本公開というのはちょっと遅いかなと。
本作、時系列が入り乱れています。「今」から過去に遡り「シェークスピア」の誕生とそれ以前の物語が錯綜。老いた「今」のエリザベス女王(ヴァネッサ・レッドグレイブ)、過去の役の方(ジョエリー・リチャードソン)もそっくりだなと思ったら母娘とこだわりのキャスティング。
エリザベス後のイングランド王の座を狙うエセックス伯とそれを支持するサウサンプトン伯、ある理由からサウサンプトン伯を支援するオックスフォード伯と非貴族出身の宰相セシル親子とのエリザベス後を巡る対立。オックスフォード伯がロンドン市民を煽動して暴動を引き起こして貴族側の勝利を得ようとクーデターを引き起こした時、全てが明らかになるという物語構造。無論、史実はいろいろ違う訳ですが、これが物語であると分かっている限り無問題。映画を見ている間、この物語世界でのリアリティ、話の整合性は保たれていて上手に騙してもらえたのは評価ポイントでしょう。今時これが出来ない監督、脚本家が多過ぎます。
貴族連中がいわゆるイケメン俳優で固められていて、その「仲間」内輪での馴れ合いに対して、無骨で陰湿なセシル親子が配されている訳ですが、どちらが「世界」を把握していたのか明らかになる時、エリザベス女王すら御していたウィリアム・セシルが息子の何を高く評価していたのか明らかになります。そして最後のシーンで決して悪人ではない事が示されるというあたり、ロバート・セシルに対して本作は光を当てているのは良かったかなと思った次第。
ただオックスフォード伯とベン・ジョンソンが最後に会って胸の内を明かすシーンは、映画らしく会話ではなく画として見せて欲しかった所です。あのシーンがなくても部屋を出てオックスフォード伯の妻が詰問するシーンで充分事足りたのではないでしょうか。この点だけが蛇足に思えたのは少々残念でした。
このあと登場人物について調べてみましたが、話を物語る道化役のベン・ジョンソン(後の桂冠詩人)まで含めて主要人物が実在だったのは驚きでした。またそれなりの整合性を保っているのは本作脚本の優れたところであると思います。
エリザベス女王とシェークスピア、中世英国の政治事情に興味がある方にお勧めです。