「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の各シーンに関する分析と考察をまとめております(本ページでは週末の病院出張代筆まで扱う)。物語の核心について触れておりますのでまずは映画をご覧になってからお読みいただければ幸いです。
Sincerely with Love.
序 「劇場版」とは一度も表示しない作品
本作は正式なタイトルを表示するカットは存在しない。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は二度出てくるが映倫クレジットは最後の権利表示で出てきており「劇場版」の文字はエンドロールにすら存在しない。
前作の「外伝」はちゃんと映倫クレジットにタイトルが入っていたし「リズと青い鳥」の映倫クレジットは最後の権利表示に回されていたけどタイトルと言えるカットは存在している。
本作のタイトル未表記は京都アニメーションの映画作品としても珍しいかも知れない(全作チェックはしてないので断言はしませんが)。
その上でタイトルの代わりとして「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は冒頭部と最後に2度出てくる。冒頭部はデイジーの言葉として、最後のものは手紙の送り主の署名的に出てきており、それ自体が物語の一部になっている。そのために「劇場版」の言葉を落としたのだろう。
1 冒頭の暗転世界の意味
最初の暗転シーンは時計の音などが響く中、のちに出てくるある島のフラット・ダートの道が照らし出されていてオケのチューニングA音に似たような音が微かに響き渡り消えていき(この意味に関する論考は「35 ヴァイオレットから少佐への手紙」で触れる)「Sincelery」という文字が黒バック・白文字で表示される。最後に再びこのフラット・ダートのシーンは少し様相を変えて登場するのでつながっていると見るべきところか。
その次の暗転シーンではアンの家が出てくる。これはヴァイオレットの時代から60年を経ているのは蔦が家の壁面の一部を覆っている事でわかる。そして玄関脇の窓に行きあたると昼の世界、隣のサンテラス近くの窓から外を見るデイジーのカットに切り替わる。こちらはヴァイオレットが代筆したクラーラからアンへの手紙の辿った歴史の表現だろうか。
2 アンの孫娘デイジーの世界
アンの家は数十年経ても健在。ただ改装は行われていて暖炉は蓋がされ(他の暖房に置き換えられた?)、電灯スイッチや壁掛け時計、ラジオ、ラッパが付いた蓄音器が出てきてテクノロジーが変わった事を示してくる。
暖炉上にある写真立てはいくつかあり
- 『クラーラ』(推定)
- 『アン(20歳)とその夫とアンの娘(赤ちゃん)』
- 『アン(30歳)とアンの娘(10歳)』(以上、モノクロ写真)
- 『アンの娘とその夫とデイジー(幼児期)』(以下、カラー写真)
- 『アンとその娘とデイジー(成人?)』
が並んでいる。
このシリーズ、興味深い事に映像メディアとして写真は出てくるが映画やテレビは一切出て来ない。手紙にフォーカスした作品だからか入れないようにされている。
デイジーと母親の仲は険悪。デイジーはついつい強く母親を非難するのは彼女がずっと医師らしく忙しくしていて構ってもらいにくかったといった理由を想像させるものがある。
デイジーの幼児期のカラー写真で父親がデイジーを抱いており、おそらくデイジーとの関係は良好。ただ妻と娘の言い争いにも眉を上げて困惑を示す程度で介入しないのはそんな事をしてもデイジーの中にあるわだかまりは解けないと見ているからか。
アンの家に一人残ったデイジーは両親に教えてもらったクラーラがドールに代筆してもらったというアン宛の手紙を読み始めて曽祖母のクラーラが祖母のアンを心配していたから代筆を頼んだのだと解釈しているが愛情、アンの成長や孫を見届けられない思いから手紙を残した可能性もあると思う。どちらかだけと言うわけでもないはず。
この時、アンが切り抜いたと思われるヴァイオレットについて触れた新聞記事を見つけて興味を抱く事になる。
3 伝説のドール「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
その直後強い風が吹き込んでサンテラスの天井窓から手紙の1枚が飛び立っていく。そして切り抜き記事から
- オペラの作詞(エキストラエピソード。テレビ版第5話の前の出来事を描く)
- 戯曲家の原稿タイプ(テレビ版第7話)
- 王族間の公開恋文(テレビ版第5話。この時、ドロッセル国花の椿、フリューゲル国花の薔薇が映り込んでいる)
……といった仕事をある伝説的なドールがこなした事に触れていく。
手紙はライデンの市内を舞って最後にCH郵便社のヴァイオレットの部屋だった屋根裏部屋の窓の前を飛び去っていく。
思えばテレビ版の第1話ではヴァイオレットの少佐への報告書の一枚が窓から外へ飛び去って物語は始まっている。本作でもそのような描写を繰り返しているが、既に過ぎ去った時代を回想する始まりを意味している点が大きく異なる。
デイジーはそのドールが18歳で郵便社を辞めていてその後新聞に載る事は無くなったと告げる。そのドールの名前はーーー「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。
4 ヴァイオレットの名の由来とライデン市の海の感謝祭
ヴァイオレットがディートフリート海軍大佐に捕まり(テレビ版では大佐の部下が荒天の夜の海の甲板上で彼女と戦い死傷者を出しているシーンがある)そして陸軍まで巻き込んで特殊部隊指揮官となっていた弟に彼女を押しつけている(それは彼女の兵器としての能力を見込んでという意図はあった事はテレビ版でのディートフリートの弟の行方不明の経緯に対する彼女への激昂ぶりから分かる)。
その後、ギルベルトは彼女にヴァイオレットという名を与えた。
これらのシーン自体テレビ版にあるのですが、今回ヴァイオレットの主観視点を入れたり(この部分は新規カットのはず)、ディートフリートとギルベルトの台詞が変えられていて意味が少し変わっているのはヴァイオレットの記憶だからだろう。
ギルベルトが名を与えた直後に回想は途絶え祭典の司会者が「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」と呼びかける「現在」の描写に変わって戦艦の艦首の儀礼兵の前をヴァイオレットは歩き始める(この部分まではテレビ版第2話の引用にもなっている)。
ヴァイオレットは起草した海の賛歌を今年の海の女神、エキストラエピソード登場のオペラ歌手のイルマ・ベリーチェに手渡した。イルマが讃歌を海に捧げて歌った時、その内容はOST曲が被って台詞や歌無しで進む。
ヴァイオレットのサファイア・ブローチはテレビ版で要所要所で煌めきを示して来ておりここでもそれは起きた。
ヴァイオレットの顔付きは外伝から大人びた感じで改められている。彼女は外伝でルクレアの婚約と結婚後も仕事を続けるという話から「ドールの花道」=職業婦人としての目標があるものだと知る。ヴァイオレットにとってそれは少佐と再会して最後の言葉について話をしたいという思いでいっぱいだが、その願いはこの時点では果たされる目処はなかった。
同僚ドールのアイリスはテレビ版第4話や外伝において大陸一のドールになると言っていて、ここでは「来年は私が讃歌の書き手に選ばれて見せる」と宣言しているがこの時点では何も裏付けはない。
ただヴァイオレットはそんな彼女に「選ばれて見せてください」と応援したというよりも仕事に対する興味のなさを表明にも見える。これは外伝以前でもそうかも知れなかったけど実際に仕事への忠実さが義務感的なもので支えられているだけである事は徐々に明らかになっていく。
ここライデン市長夫妻の一行がやってくる。ライデン市長は褒めたいあまりに口を滑らせまくり、対するヴァイオレットは容赦ない返事をしてホッジンズやカトレアを慌てさせている(ベネディクトなんかは「いつものことだよな」という風情)。
それでも市長は諦めずヴァイオレットが大戦でライデンを守った功績を称えだす。
ヴァイオレットの兵役については戦線で見たという敵軍側や訓練所などで見たというライデンシャフトリヒ軍側の人たちがいるが、新聞などで取り上げられ描写はない(デイジーの持っている記事切り抜きにも出てこない)のでどこでどの程度知っているのかは謎。
ヴァイオレット自身は戦争で積極的に人を殺傷した事を恥じている。少佐の役に立ちたい思いでやった事はテレビ版で描かれて来た。彼女は戦争の名の下に少佐の役に立とうと敵兵を倒してきた事で相手にも家族や愛する人がいるのだと気付いて目に見えない消えない火傷を抱えているのに市長はそこに塩をすり込んだ。
ヴァイオレットは自らを褒められる側の人ではないと言い切って市長の褒め言葉を再び退けた。このシーン、レイアウトでヴァイオレットの立ち位置を中央から右側に寄せる事でヴァイオレットの考える恥を表現している。
また市長との意見の隔たりは結局カーテシーで少し近づいただけで終わりその距離の広さは事態認識のギャップそのものにもなった。
屋台を見て回る中でヴァイオレットは宝石売りの店で足を止める。ブローチを少佐に買ってもらった際にその少佐の瞳と同じ色のサファイアがあやしく煌めいた事を思い出しているが、本作での煌めきはこれが最後となり不穏さを劇中にもたらしている。
そこに郵便社を退職、戯曲作家のオスカーに弟子入りしたエリカが姿を見せた。エリカは舞台稽古があるとかで近況報告だけして立ち去る。そんなエリカを見送ったホッジンズが「強く願えば叶うのだな」と言うとそれを聞いたヴァイオレットは「叶わない望みはどうすればいいのでしょうか?」とつぶやいて彼女の変調が初めて言葉になって表面化した。
この日ヴァイオレットが深く少佐を思い出すような出来事が3件も続いており限界と感じたらしいヴァイオレットは「代筆仕事の手紙が溜まっていて」という理由でホッジンズらと別れて自宅代わりの屋根裏部屋がある郵便社へ一人帰っている。
5 少佐を思う夜
夜になってヴァイオレットはランプの灯りでタイプライターを打ち続けていたが左義手が動作不全を起こしたので手を止めて調整している。
そしてインテンス決戦の夜、少佐が最上層占拠の信号弾を打ち上げてから起きた悲劇を回想している。死にたがりの少佐、それでも何が何でも一緒に脱出をと願うヴァイオレット。少佐は死に際のつもりで心からの気持ちを伝えようとしたが、ヴァイオレットにはその「あいしてる」の言葉の意味までは教えていなかった。
そしてガルダリク軍の撤退時の砲撃が二人を離れ離れとした(テレビ版では少佐の認識票は発見されていたものの遺体は発見されておらずいわゆるMIA(Missing In Action)、作戦中行方不明とされていた)。
左腕を下ろして右側のランプを消したのにじっと動かないヴァイオレットの十数秒。インテンス決戦の夜の出来事から少佐を思うものの彼の消息は知れず行き止まりの道で立ち止まったままの状態になっている。
再び動き始めた時、タイプライターに新しい紙をセットしたヴァイオレットは送るあてのない手紙を打ち出す。
「親愛なるギルベルト少佐……」
外から屋根裏部屋の窓が映り込むカット。窓の桟は十字架のように見える。
6 週末前日
祭りが終わった翌日、街は祭りの撤収作業が続いていて賑やか。ベネディクトはサイドカー付きのオートバイで郵便配達に向かう。このシーンにより外伝テイラーエピソード以後の物語だと明示されている。
ヴァイオレットへの指名仕事は予約が3ヶ月先まで埋まっている状態。アイリスはヴァイオレットへの依頼の電話に自身を売り込むが「待ちます」とでも言われたらしく断られる始末。アイリスはカトレアとヴァイオレットほどではないにせよ競争心を燃やして追い付きたいという思いが強い事が示されている。
夕方、ホッジンズが休みの日のテニスの相手を探してドールの部屋にやって来た際の会話。
カトレアはガルダリク帝国との通商条約会議で出張(カトレアの外交面での活躍はテレビ版の和平調印式の仕事などでこれまでにも明らかにされてきている)、アイリスは市長夫人主催パーティーで顧客探しだという。
そんな中、アイリスは建設が進む電波塔と電話機を指してドールの先行きは短いという話を言い出し、カトレアはいつか無くなるかもしれないドールという職業について言う中でヴァイオレットは不安そうにタイプライターを見つめている。
そしてヴァイオレットは休みの日に一人出かける用事があるのでと言い出してみんなを驚かせたがどこに行くかはこの時点では明かされていない。
7 週末(1)月命日
休みの日。ホッジンズは結局ベネディクトとテニスをやっている。ベネディクトは少しおしゃれに胸にテルシス文字で「B」を入れたシャツを着こなしている。対するホッジンズはベネディクトの打ち返して来た打ち頃なボールを空振りしておいて「もっとラリーしようぜ」とキレだす。
ヴァイオレットの知名度はベネディクトが見知らぬ女の子から彼女と知り合いかと聞かれると言うあたりでも傍証となっている。
そんな中で父親代わりの自覚が強いホッジンズは行き先を告げず出かけて行ったヴァイオレットに気を揉んでいてベネディクトはそんな父親代わりに対し「過保護」と呆れている。
ヴァイオレットが訪れていたのはブーゲンビリア兄弟の母親が眠る墓地だった。そこにディートフリート大佐が月命日前日なのに墓参りに姿を見せて鉢合わせとなる。
ヴァイオレットは彼女が捕まって軍隊に入れられた原因となった性格の悪いディートフリートを好ましくは思っていないので距離を取ったまま。ディートフリートも言い方も下手で余計な言葉を重ねている。
そしてディートフリートはヴァイオレットに「弟の事はもう諦めて忘れろ」と言ってみたものの、ヴァイオレットは怒る事なく忘れるなんて無理だと告げ墓地を立ち去った。その事がディートフリートのねじ曲がった心に突き刺さる。彼にしてもどこか信じてないところはあった。
後に残されたヴァイオレットの三つ編み左側のリボンを見つけたディートフリートがヴァイオレットを呼び止めようとするがもういなかった。ヴァイオレットのリボンはエカルテ島の形で落ちていてここでシーンが変わる。
8 エカルテ島のジルベール(1)
エカルテ島を空から見た情景。そして小学校で花を見て「ヴァイオレット」とつぶやく隻腕隻眼の男性がいた。右腕と右目を失っているその男は生徒の男の子に「パンジーだよ」と言われて怒らずそれどころかよく知ってるねと褒めた。
ギルベルトは生きていた。
本作はギルベルト探索がテーマの作品ではない。再会自体は予定された事象だと言っていい。そこで凍りついていた数年間、何故ギルベルトは姿のを消す道を選んだのか、そしてヴァイオレットはこの数年間の成長で彼に何を伝えられるようになったのか。全てはこれらを見せる事にあると言っていい。
9 週末(2)少年からの依頼
郵便社に戻ったヴァイオレット。扉の鍵を差し込もうとするが一発では挿せず位置を修正してから差し込んだのは感覚のない義手故だろう。彼女は大変な努力をして義手を使いこなしている事を示すちょっとしたエピソード。
自室へ戻ったヴァイオレットは窓ガラスに反射で異変、左三つ編みのリボンがないと気づく。
休みの日に鳴り響く電話を取ったヴァイオレットは若い男の子の代筆依頼に「今日は休業日」と告げるも挑発的な言葉を投げかけられて出向く事になる(三つ編みのリボンは代用の茶色のものを左右に付け直している)。
着いた先は大病院の個室病室。新聞を読む小さな少年(8歳ぐらい?)がいきなりヴァイオレットが若いと難癖をつけてくるが、程なく少年の両親と小さな5歳の弟がやって来て態度が豹変「隠れて」と懇願される事になった。
両親と弟が出て行ってようやくベッドの下から出られたヴァイオレット。流石に何か事情があると気付いていて問い質して代筆依頼の理由を知る事になる。
ユリスの手紙の配送条件については50年間毎年送る契約の仕事をした事があると告げてクラーラからアンへの誕生日祝いの手紙について概要を告げた。
ユリスはこの説明に入る前あたりから上空を飛ぶ飛行船で影に入っている。そしてヴァイオレットが可能だと言う説明を聞いて再び陽が当たり彼のおそらく最後の願いが叶えられる可能性を掴んだ事を知る。光と影演出は外伝では多用されていましたが本作ではあまり出て来ない。本シーンはその数少ない印象的な演出シーンとなった。
ユリスの弟は5歳という話が出てくる。サイドテーブルの二つの花瓶に薔薇が8本、5本とあるのでおそらくユリス本人は8歳ではないか。
ヴァイオレットへの依頼料、空き缶に入っている硬貨だと3通で1通あたり20文字程度と見積もったヴァイオレット。ユリスはそれでは短過ぎると言いだす。
ヴァイオレットはもう引き受ける気になっていてまず「お子様割引がある」と言い出し、それでも足りないとみるや鞄から書類を取り出した。テルシス文字で「Kuotha」、英語の「Quota」の意で確定見積を意味している書類を掲げた。それをヴァイオレットは「エマージェンシー・プロヴィジョン」とかもっともらしい言葉を言い出してユリスを煙にまいたけど面白がってユリスにしてサムアップをした事でヴァイオレットは一つ賢くなりユリスに当初の代金で引き受ける事を理解させた。
このパート、テレビ版などの言葉の裏腹さを知らない頃のヴァイオレットを思い出すとこの4〜5年でいかに彼女が言葉と論理を使いこなせるようになったか分かるエピソードにもなっている事が分かる。
早速仕事に着手するヴァイオレット。その手がキーに触れるところで一旦この場の描写が終わる。