2020年12月29日火曜日

長編アニメーション映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の世界分析 Part III.

「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の各シーンに関する分析と考察をまとめております(本ページではヴァイオレットとホッジンズの出発から嵐の夜の始まりまで扱う)。物語の核心について触れておりますのでまずは映画をご覧になってからお読みいただければ幸いです(Part I.Part II.の続きです)。

Sincerely with Love. 

 20 屋根の上で自問自答するヴァイオレット

 ブーゲンビリア家の船からもらって来た本(オスカー・ワイルド「幸福な王子」をベースにしていると思われる)をベッドで読むヴァイオレットにホッジンズが訪ねてくる。素足、ホワイトワンピース姿のヴァイオレットは何事かと尋ね、そしてそれが少佐の行方の話だと悟って衝撃を覚えている。

 会いたいと思っていた相手が生きていたが何故か5年も音信不通。ヴァイオレットが混乱するのも無理はないところ。ヴァイオレットは夜の屋根の上に出て一人物思いに耽る。この混乱は島でギルベルトと話ができるまで続く事になる。

21 旅立ち

 翌朝、ホッジンズとヴァイオレットはエカルテ島に向かった。この時点でユリスの病状とかヴァイオレットの頭にはない。その事はテレビ版第6話天文台エピソードで「少佐に何かあるぐらいなら自分が死んだ方がいい」といった事をヴァイオレットが言っており、まさしくの事態になる。

 困惑と混乱のヴァイオレット。数日掛かる旅になる。カトレアはその間に手紙を書いてみたらとアドバイスした(カトレアの台詞はこれが最後となる)。

 大陸縦貫鉄道グランデッツァ大鉄橋を越えて北へ向かうホッジンズとヴァイオレット。エカルテ島はおそらくライデンと経度はほぼ同じで時差もほとんどないと思われる。グランデッツァ大鉄橋を越えている事から高緯度地域ではないか。なおぶどう栽培は緯度50度ぐらいまでは可能。日本だと北海道の更に北の緯度となるので荒涼とした低木・草原が多く葡萄栽培が盛んな島というのは大陸北部でもあり得る描写と考えられる。

22 学校にて

 連絡船で島に着いたホッジンズとヴァイオレットはトラックの荷台に乗せてもらって少佐が別名を名乗って勤務しているという学校へ向かう。途中灯台が見えている。船が接近した際にも灯台が見えていて位置関係が中々想像しにくい。

 ホッジンズはヴァイオレットに校門のところで待つように説得した。これはギルベルトが会いたがらない理由を抱えているかも知れないという漠然とした恐れによるものだったらしい。それが証拠に実際にジルベールを名乗る先生の声を聞いた瞬間、親友が本当に生きていたのかという衝撃を覚えた後、気を取り直して教室に入っている。

 ホッジンズは周りを見て来たらいい的な事をホッジンズに言われていたがもはや素直にそんな事をするような心境になく校門でただ待っている。そんなところに学校の男の子三人がやってきて驚かせようと差し出された手のひらにあった昆虫の話から「ジルベール先生と一緒」と言われた所で独語読みのギルベルト=仏語読みのジルベールと連想して右目・右腕がない隻眼隻腕だと確認。男の子3人組に先生の話をもっとするように促した。

 ヴァイオレットはかなりヘビーな少佐ファンなのでもう子供たちからギルベルトの話を聞き出せるだけでもうれしい。頬を赤らめて足が速い、片腕で鉄棒をすると言った話を嬉々として聞き入っている。

23 ホッジンズとジルベールの対話

 教室に踏み込んだホッジンズ。信じられない人が来てしまったというジルベールことギルベルト。ここでギルベルトはヴァイオレットが生きていた事を知っていたのに連絡を取ろうともしてくれなかった事が明らかになる。

 ギルベルトはインテンスで認識票を失った状態で収容され、認識票がなかった故に修道会運営の病院への収容された。ギルベルトは目を覚ました時、天井の梁を見つめている。この梁こそ本名を名乗ってライデンシャフトリヒ軍側に復帰するのか、それとも身元不明者の状況を利用してそのまま行方をくらませるのか選択肢の存在を示している。

 ギルベルトが動けるようになって病院の手伝いとして斧を振るって薪を作っているが、その傍らでは亡くなった兵士たちの遺体が並び荼毘の煙が立ち上っていて陰惨な光景を目の当たりにしている。そして彼は行方をくらませる事を選択した。

 ギルベルトはこの後ブドウの運搬用ロープウェイを作っている事をホッジンズに明かす。そしてこの島には老人以外の男性は子どもぐらいしかいないから手伝っているのだという。ギルベルトにおいて戦争で帰れなくなった人は両陣営にいるし自身がその一人だという自覚がある。だから帰らなくなった人たちの代わりに頑張るというような論理なのだろうか。

 ホッジンズはこの時点ではジルベールにヴァイオレットを引き合わせる事に失敗している。

24 炎と灰と煙の世界のギルベルト

 ホッジンズが出直すと言って教室を出て行きギルベルトは大戦での出来事に見える情景が頭によぎっている。

 テレビ版での戦争シーンはもっぱら歩兵と砲兵、複葉機や軍艦程度しか登場しないが第1話だけあまり程度の良くない簡易軌道の鉄路が伸びるがその周辺は何もないノーマンズ・ランド(第一次世界大戦で塹壕戦となって敵・味方の間が生き物が存在し得ないような場所になった事を指す)となっている事が描写される。

 そんな荒れた戦場で家の残骸の壁に隠れるヴァイオレットとギルベルト少佐の間でヴァイオレットに対して自分を恨んでないかと言った会話が行われているが、この内容なのでギルベルトの創造の産物と見るしかない。そしてヴァイオレットの答えも生き別れになる前のやり取りに基づいており、今のヴァイオレットを想像したものではなかった。このシーン、ずっと灰が舞い上がっており、荒涼としたギルベルトの心象風景を表している。

25 ぶどう畑のロープウェイ

 ジルベールが島の人々を助けようと設計・設置している手動によるぶどう運搬用ロープウェイ。トラックが入れる道路が高いところを通っており斜面に作られたぶどう畑に入ってこれない事から道路まで楽に上げられるようにする事を狙って作られている。ほぼ完成に近づいているが島の老人が悪天候になると言い、この日は適当なところで切り上げられた。ジルベールにとってはあまりありがたくない展開だったはず。

26 見つけたよ

 校門のヴァイオレットのところに戻ったホッジンズ。ヴァイオレットはもうジルベールがギルベルトだと確信しているので浮かれてホッジンズへ駆け寄る。

 このシーン、そんなヴァイオレットの心情をよく見せないようにレイアウトが組まれていてこの後の不穏さを演出していて可哀想になる。

 ホッジンズの説明は歯切れが悪く、ギルベルトが面会を拒んでいる事は程なくヴァイオレットに知られてしまっている。

 パニックになったヴァイオレットはホッジンズの制止を聞かずに校舎を見て回る。その間にホッジンズは誰かに場所を聞いてヴァイオレットに告げる。「見つけたよ」と。

27 天の岩戸の大馬鹿野郎とヴァイオレット

 ホッジンズが「見つけた」のはギルベルトの自宅だった。大雨が降る中、辿り着いたヴァイオレットがドアを叩く。家の中からは燃える火の灯りが漏れており帰ってきているのは自明の状況。

 このシーン、ヴァイオレットの後ろ姿の描写が異様に美しい。そして「少しはあいしているの意味もわかるのです」と告げるヴァイオレットに対してギルベルトは謝絶する態度を変えなかった。

 ギルベルトにとって自分が重荷なのだと知ったヴァイオレット、これは何故連絡を取ってくれなかったのかと言う事と平仄が合う。そして諦めてこの場に鞄を置いたまま走り去る。

 ホッジンズはヴァイオレットの鞄を回収して後を追う前にドア越しにギルベルトに怒りの「大馬鹿野郎!」を叫ぶ。彼はやはりヴァイオレットの味方、父親代わりなので一言を言わずにいられなかった。

 ギルベルトはヴァイオレットにとって自分が有害な存在でそのせいで両腕を失わせたと思っている。だから別れて死んだものと思ってもらうのが一番だと思い込んでいる。ヴァイオレットにしてみれば「私の意見を聞いてくれましたか?」という問題があるはずだけど、ギルベルトにはそれが見えていない。

28 優しい少佐の世界のヴァイレット

 エカルテ島には宿泊施設が存在せずヴァイオレットとホッジンズは灯台に泊めてもらう事になった。ヴァイオレットはベッドに腰掛けたまま死んだ魚の眼状態。

 この時にヴァイオレットが想像していたのはギルベルトと出会った頃の様子。それはスミレの花を見つけて「この花が咲く季節になった」と言ったり、船から貰ってきた本を朗読して少佐に褒められる自身を想像したり(でも小テストらしき答案は少佐が容赦なく利き腕らしい左手でマル・バツをつけている)、雨中行軍で遅れがちな10歳前後のヴァイオレットに今はない右手を差し出して「ずっと側にいなさい」という少佐を思い浮かべたりしている。

「そもそも少佐が名前を授けてくれてずっとそばにいなさいと言ったじゃないですか」そういう主張に基づく想像込みの回想をずっとしていてそれで自分の正当性を保とうとしているのがわかる。

 諦め切ってるわけじゃない。諦め切っていたら最後の決断はなかった。

29 指切りの約束と打開策を見つけるヴァイオレット

 灯台は郵便局を兼ねており電信も備え付けている。そしてライデンのCH郵便社から緊急電が入り始める。

 ユリスが危篤との連絡があったという電報。意味が分からないホッジンズに事情を説明するヴァイオレット。少佐にかまけて個人的な誓約、指切りを破ろうとしてしまっている事に気付いたヴァイオレットはすぐライデンに帰ろうとするがホッジンズと灯台の人に連絡船は朝にならないと出ないし最短3日間かかると止められる。

 ヴァイオレットはこれまで飛行機や船、鉄道、ボートや徒歩、荷馬車やトラック便乗などあらゆる手段を用いて目的地へ辿り着いていた人なので自ら動こうとするのは当然の選択。でもそれでは間に合わないと分かった時の絶望の中で見出したのは仲間を頼る事だった。