2018年4月4日水曜日

The Post/ペンタゴン・ペーパーズ

この作品のキモはキャサリンの覚悟と決断、ブラッドリーのある人物への理解の変化、フリッツの献身の理由、弁護士の立場の転換がいつ起きたのかという所にある。

キャサリンは能力と評価がかみ合わず自己肯定してないように描かれているけど冒頭から意思の弱さと裏腹に事態を理解している頭のいい人である事も再三示される。それがある人物の話してはならない相手に話した事への怒りから自身の判断を信じる事ができる強い人へと変わっていく。
弁護士がバクディキアン記者にある事を執拗に確認した時、弁護士の腹は固まっていてキャサリンの意思を実行した時のWPの法的防御の観点で聞いている。そして連邦裁判所でも判事の仮定の質問に対して平然と力強く言い返している。

人が何かを決断し覚悟した時、何を思ったのかという物語をいくつも詰め込んだスリリングな作品となっている。キャサリンの演技を丁寧に見る事で見えてくるものが多いと思う。それ故のメリル・ストリープ起用だったのだろう。演技巧者かつトム・ハンクスよりも強い印象を与えられる女性俳優はそうそういない。キャスティングの勝利だと思う。

追記:「キャサリン・グラハムわが人生」の「ペンタゴン機密文書事件」のセクションを読むと映画が如何にこの本に基づいているか分かる。脚色してない事が多い映画化。もともと脚本家のエリザベス・ハナーが同書を見て原案を作ったものだそうでNYTではなくWPのキャサリンが中心で描かれているのは必然だった。この脚本の凄いところは架空キャラクターのアーサー・パーソンズを配することでキャサリンのキャラクターを自信を持つことを許されなかった人にずらしている。登場人物一人でこれをやっていて実に巧み(同書を見る限りもうこの時期には経営者として事に当たっていて、WPという新聞社チームとしてウォーターゲート事件スクープへと向かっていくための起点としての意義が大きかった。なお映画でもこの要素は取り入れらている)。女性差別をはねのけて自らの立ち位置を確立するというのは現代でもまだまだ残っている課題であり映画としていい脚色をされている。



The Post/ペンタゴン・ペーパーズ 登場人物・用語メモ

キャサリン・グラハム(発音聞いているとグラームに聞こえる)愛称はケイ。
父がワシントン・ポスト紙(以下WP)を買収。オーナー経営者で娘のキャサリンの夫を後継者とした。1963年、キャサリンの夫が自殺。キャサリンが後を引き継いだ。彼女は生前自伝を刊行しておりベストセラーとなった。映画公開に合わせて再構成版も出ている。
テレビ事業への進出といった経営多角化、株式上場など果たしており経営者としての評価は高い。ペンタゴン文書事件はWPをニクソン政権と全面対決に到る、そして世界に名を知らしめる最初の一歩だった。この作品は彼女の果たした役割の再評価にもなっている。
 
※「ペンタゴン・ペーパーズ」は「我が人生」のダイジェスト版との事。

フリッツ・ビービ
WP取締役会議長。弁護士。日本と異なり取締役は経営者の選出や重要な経営事項の承認を行うためにあり社内業務担当者がこの中に入る事は経営者を除くと稀。この映画ではWP上場と政権、連邦政府との全面対決について経営上の問題になり得るためフリッツとパーソンズと会社弁護士がしばしば出てくる事になった。
フリッツは弁護士でキャサリンに対して助言を与え続けている誠実な人物として描かれている。1973年ウォーターゲート事件報道の最中、ニクソン大統領の一部謝罪会見を聞いた翌日に死去。

アーサー・パーソンズ
WP取締役会メンバー。劇中ではキャサリンを女性だからと見下している。
この人物は非実在で映画オリジナルキャラクター。女性蔑視意識のある人の集団意識が登場人物になったものと言える。

ベン・ブラッドリー
WP編集主幹。編集・記者側の責任者でありニクソン政権が起こした民主党本部違法侵入を発端とするウォーターゲート事件スクープを支えた編集責任者として一躍その名が知られる事になった。
彼の息子のベン・ジュニアはこの時期、平和部隊に参加していたので映画では出てくることはないが、後に記者となった。ボストン・グローブ調査報道チームによるカトリック教会聖職者による児童性虐待隠蔽事件の取材を描いた「スポットライト」でチームの上司として登場している。

ベン・バグディキアン
WP記者、副編集長。地方紙でキャリアをスタート。一旦フリーランスとなり1969〜70年にランド研究所の仕事で本を執筆している。1970年ワシントン・ポスト入社。ワシントンポスト紙がペンタゴン文書漏洩事件に参戦するための決定的な役割を果たした。その後大学でジャーナリズムを教えている。

パンチ・サルツバーガー
ニューヨーク・タイムズ紙(以下NYT)のオーナー経営者。

エイブ・ローゼンタール
NYT編集長(Managing editor)。映画だと経営者のように描かれていたが実際はブラッドリーのカウンターパートに当たる。

ニール・シーハン
ペンタゴン文書をスクープしたNYTエース記者。ヴェトナム戦争報道で有名。著書「輝ける嘘」でも有名。

ロバート・マクナマラ
ケネディ、ジョンソン政権の国防長官。その後世界銀行総裁となった。前職は自動車メーカーのフォード社の社長だった。政界にいたのは国防長官時代だけで企業経営者出身で数字に強いだけという酷評が多いが、ペンタゴン文書のNYT報道関係の差し止め訴訟の対応では重要な助言をしていてNYTが連邦最高裁での判決に従う(下級審では従わない)ように修正出来た。

リチャード・ニクソン
アイゼンハワー政権の副大統領でジョンソン政権の後を受けて大統領となった。ウォーターゲート事件により辞任に追い込まれた初の大統領となり悪名を歴史に残した。
劇中ではマクナマラにして「son of a b****」と言っており手段を選ばない保守強硬派として見られていた。

キッシンジャー
ニクソン及びフォード政権の国会安全保障担当大統領補佐官

ウィリアム・P・ロジャース
ニクソン政権の国務長官、アイゼンハワー政権の司法長官。ワシントン・ポスト顧問弁護士を務めていた事があった。

ヘイグ
陸軍将軍。ニクソン政権の国務長官軍事補佐官。後にレーガン政権最初の国務長官となった。

ダニエル・エルスバーク
海兵隊従軍経験のあるの軍事アナリスト。国防総省、ランド研究所に勤務。ランド研究所勤務時にペンタゴン文書を持ち出して新聞社にリークした。

ペンタゴン文書
マクナマラ国防長官へのヴェトナム戦争における米国政府政策調査報告書。機密指定解除されており米公文書館サイトで全文を閲覧できる。

ランド研究所
RAND Corporation。国防総省とつながりが深いシンクタンク。アベラ「ランド 世界を支配した研究所」に詳しい。


ワシントン・ポスト
事件当時はグラハム(グラーム)家がオーナー経営者だったが、現在はAmazonのベゾス氏がオーナーとなっている。トランプ氏の幼少期から追った調査報道本でその性格、経営手法など明らかにされたせいか大統領によるAmazonとWPへの攻撃が強まっている。(2018年4月時点)

歴代大統領の呼び方

字幕は字数からか台詞通りではない。

LBJ: ジョンソン大統領のイニシャルで呼ばれる事が多かった。
JFK: ケネディ大統領のイニシャルだが作中はジャック・ケネディが多かったと思う。なお個人的に関係の深かったブラッドリーは「ジャック」とだけ言っている箇所がある。

参考:ニューヨークタイムスによる The Post 登場人物モデル紹介

https://www.nytimes.com/2017/12/25/movies/the-post-katharine-graham-meryl-streep-ben-bradlee-tom-hanks.html