2019年1月22日火曜日

日常から特別な物語へ 山田尚子監督・吉田玲子脚本作品の変遷


吉田玲子脚本はアニメーション映画、テレビアニメにおいて高く評価されている所であり、湯浅政明監督がオリジナル作品で二作続けて起用している。
吉田氏はキャリアも長くテレビアニメのシリーズ構成などで実績豊富。映画作品では山田監督や湯浅監督の他に高坂監督「若おかみは小学生!」でも活躍されている(第73回毎日映画コンクール アニメーション映画賞「若おかみは小学生!」、大藤信郎賞「リズと青い鳥」といういずれも吉田玲子氏が脚本を手がけた作品が受賞という快挙となった。第72回同コンクール大藤信郎賞「夜明け告げるルーのうた」が受賞しており大藤賞は2年連続で吉田玲子脚本作品が選ばれた)。

ここでは京都アニメーションでの山田尚子監督とのコラボレーションに絞ってその変遷を論じてみたい。



1.けいおん!(テレビアニメ1期・2期、映画版)

山田尚子監督と吉田玲子氏がタッグを組んだ最初の作品。テレビアニメ版ではシリーズ構成を、映画版では脚本を吉田玲子氏が担当している。

映画版は高校3年生となった四人と後輩の子が卒業旅行に行くというハレの日とその間に後輩の子に対して何かプレゼントしようと画策する四人の水面下で一応密やかに進むプロジェクトという形で物語られる。あくまで日常の延長であり彼女らのバンドがプロデビューしたりはしない。そして先生が目をつぶったり、後押ししたりした中で四人の高校時代最後のライブを決め、四人が後輩に贈る歌で終わると思いきややっぱり日常なのでそのまま大学でも続いていきそうな感じで終わる。

あくまで登場人物たちの日常を見ていたという体裁の作品だった。永遠に続きそうな日常、でも変化はしていくしその中で彼女たちの中で大きなできごともあるのだという事を丁寧に描いている。ディティールで成り立っている作品ではあった。

映画、封切り時に見ていましたが当時は物足りなく思った。でも改めて見てみるとのんびりと彼女らの日常、側から見たらドタバタ劇を観ていたい気持ちになる。噛めば噛むほど好きになるタイプの作品だなと思いながらたまに見ている。


2.たまこまーけっと(テレビアニメ)・たまこラブストーリー(映画版)

京都アニメーション制作作品の多くは原作小説、漫画を元に作られておりオリジナル作品は稀である。特定の出版社とだけのタッグは組まず、自社でライトノベルレーベルを立ち上げて刊行した小説を原作としたテレビアニメ・劇場アニメ化も行なっている。
基本的に脚本家を起用してストーリーを詰めていく体制の中で「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」はオリジナル作品として企画、制作された。
テレビアニメは山田尚子監督、シリーズ構成吉田玲子氏、そして映画版も同じ座組みで製作されている。

出町柳にある商店街を舞台に喋る鳥に南の国の王子と占い師の女の子がいわば飛び道具として組み込まれて、商店街の看板娘たまことその家族と商店街の人々とたまこと幼馴染の通う高校の日常が描かれている。

筆者は12話一挙上映会で見たのですが、最初の何話かはテンポが緩すぎるように感じた。それが王子の嫁候補を探しに行ったはずの鳥を探しに来た占い師の女の子、そして鳥も占い師も帰ってこないしとやってきた王子の参加でまったりした時空間が攪拌されて混乱の中でたまことあんこは亡くなった母親と父親の事を知り何か変わりそうな予感をさせて1年が終わる。
テレビアニメ版は「けいおん!」の延長線上にある部分が多い。これが少し変わるのが「たまこラブストーリー」だった。

「たまこラブストーリー」は高校3年生になったたまこともち蔵が卒業後の進路に戸惑いながら、たまこがもち蔵への気持ちに気付くまでを描いた作品になっている。
本作でも高校時代を飾るクライマックスとしてたまこのバトン部が地元のフェスティバルで演技披露するというエピソードが組み込まれている。でも、これは「けいおん!」における英国卒業旅行と同じなんですよね。重要なハレの場ではあるけどたまこともち蔵のクライマックスではない。
たまこがもち蔵と話す機会を失いそうになる中でたまに現れていた気持ちを押し殺した親友が敢えて嘘を教えて送り出す事でたまこともち蔵の二人にとって大きな出来事が起きる。あざとくすら見えるクライマックスを持ってきた事が「けいおん!」や「たまこまーけっと」と異なる部分だろう。


3.聲の形(映画)

テレビアニメ化なしでダイレクトに長編アニメーション映画化に挑むことになった作品。原作漫画は本来デビュー作ながら描いたテーマの重さから他の作品のコミカライズ作品を手がけた後に改作を経て週間漫画誌連載されたという紆余曲折があった。
ファンブックを読むと分かりますが設定、隠喩的表現が膨大。デフファミリーではなく聴者の家族の中で育ち学校にも家庭にもコミュニケーションを取りやすい相手がいたとは言い難い硝子。そして小学生の時、みんなの代わりに率先して硝子をいじめてしまい、その咎を全て背負う事になった将也とその同級生たちの再びの交錯が引き起こす事件を描いている。
京都アニメーションの長編アニメーション映画では2番目の長さとなる2時間越えの長尺でも足りないだろうと思わされる原作に対してどこまでを骨格として活かすのかという引き算の方法論で原作が触れようとしていた硝子、将也、そして小学生時代の旧友たち全員のディスコミュニケーションを描いてみせた。

引き算の文法の中で硝子の妹の結絃と将也のエピソードは将也の変化を描くためか長い尺が取られた。映画後半では原作の映画製作エピソードを全部落として、文化祭でみんなが揃う事でのクライマックスでまとめ上げた手法は大胆。それでいて友達として分かり合えるとは何かといった原作テーマを損なう事なく伝える事が出来た作品となった。

音楽では牛尾憲輔氏との最初のタッグとなった。牛尾憲輔氏の楽曲は硝子の世界、音のありようも意識したものとなっていてピアノの中にマイクを仕掛けて収録するなど音楽も作品世界を支えようと強く意図を持たせた作曲が為されている。
この作品の仕事により沖田監督の実写映画「モリのいる場所」音楽を牛尾憲輔氏が担当する事になった。牛尾憲輔氏の映画音楽方面での出世作でもある。


4.リズと青い鳥(映画)

「聲の形」の監督・脚本・作画・音楽の座組み再びとなったのは京都アニメーションがテレビアニメ・映画化した人気シリーズ「響けユーフォニアム」のスピンオフ作品だった。2016年に脚光を浴びた長編アニメーション映画三作(「君の名は。」「この世界の片隅に」「聲の形」)のうち2018年にいち早く新作を送り出せたのは「聲の形」京都アニメーションのスタッフであった。

「聲の形」が原作に対する引き算再構築による作品だとすれば「リズと青い鳥」は原作第2章での主人公の外で起きていたエピソードを切り出して拡張した作品だと言える。
「響けユーフォニアム」は主人公である久美子が色々と相談に乗りやすい人物として吹部内で起きているさまざまな出来事を観察しているような一面がある。希美とみぞれの物語も久美子の周りで起きている大きな事件という扱いだった。本作はその部分を切り離し、久美子を逆に希美とみぞれの周りにいる人物に変えて構成している。

だから梨々花は久美子に相談しない。「リズ」では希美に相談して気休めの言葉をもらうだけで終わった為故に積極的にみぞれにアタックして解きほぐして行く事になる。

本作のプロット・脚本構成は特異で冒頭20分を日曜日の吹部練習の一日を描く事に当てている。そこで希美とみぞれの関係性を見せた上で、前半で梨々花とみぞれの交流を重点にみぞれの音大受験を希美が知って濁った何かが心の中に落ちて波紋を起こす様子を見せ、後半でその波紋が希美が望まぬ方向に進み、そしてみぞれは単純な発想の転換により自身の気持ちのあり方に気付き才能を開花させ希美に衝撃を与える事になる。

梨々花の存在がみぞれを変えるきっかけになった。その梨々花との交流を前半重点的に見せた手法は「聲の形」結絃と将也のエピソードの見せ方に近い。
また日曜日以降の描写が時間を開けて点描的に短いエピソードを重ねて見せていくという手法は大胆。この表現を支えるために時計やカレンダー類を基本見せないという特殊な表現をとらせる事になったと思える。

意味が通るかどうかギリギリのセリフに切り詰められているが、映像と音の情報量が膨大で時に登場人物が感謝の言葉を発していたとしても、実際は負けを認めて話を打ち切るための言葉だったりする表と裏のある表現が多用されていて山田監督が言うエピローグ最後の「ハッピーエンドの予感」とは何を意味するのか考えさせられる作品となった。

Blu-ray限定版に入れられた台本最終稿版、台詞はなくても登場人物の思いや感情のト書きが膨大に書かれている。登場人物の口にしている事、表情に出している事、考えている事と感情で感じている事の違いがある作品であり、意味のないカットは存在しない作品。
本作はそういう繊細な人物表現と何かしらの理由がある行動や台詞、表情をきちんとつめて作り込まれた作品であり心理劇として作られたアニメーション作品としては一番尖った商業作品と言えるだろう。

日常の中にある物語を極限まで細かく描きこんだ事で圧倒的な物語が生み出された。原作の希美とみぞれ、梨々花や優子、夏紀にそれだけの情報量、強度がある作品に優れた脚本家と演出家が組んで掘り下げた成果だと言える。


5.最後に

「聲の形」「リズと青い鳥」は日常の中に隠された登場人物の思い、伝わらなさや誤解、ズレた認識などが引き起こす出来事を劇中のリアリティを失わない程度に再構築しつつ心理面を徹底的に細かく精緻に描いてエモーショナルな作品に仕上げている。

京都アニメーションの作品はオリジナルではなく原作付きが多い事を評してあまり脚本を重視してないという解釈をする意見を見かけましたが、日常のディティールだけでは映画の物語は成り立たない。少なくとも脚本重視の立場で読み解くとそう思えるし、山田監督・吉田玲子脚本のタッグの最新2作品は物語をどう構築するかという所で大変力を入れられている。ディティールは作中世界の現実性を支える存在ですが、それだけで物語にはならない。「たまこラブストーリー」もたまこともち蔵にとって重大な出来事につながるまでの物語をずっと語っている。日常にも物語はある。それをどう見せるかという挑戦が作品、作品で異なるだけであり、この方向での深化はずっと続いている。「リズと青い鳥」のスタッフの座組みが次にあるとしてどんな方向に行くのか見当がつきませんが楽しみにしている自分がいるのは確かです。



(番外編)「リズと青い鳥」の音楽について

音楽は「響け」シリーズスピンオフゆえに手の掛けられた作品になっている。吹奏楽曲では表題曲の完全版とコンクール編曲短縮版が作られたが劇中演奏シーンはこのうちコンクール編曲短縮版の第3楽章相当部分しか使われていない。他の楽章は劇中のパート練習の音として引用されたり、童話パートで編曲したものが使われた。

童話パートの第3楽章編曲版や完全版第3楽章冒頭2分50秒を童話パートで用いる事で希美とみぞれの第3楽章ソロ部分の演奏の息の合わなさを如実に表現した。
アバンタイトルではまず童話パートの第3楽章吹奏楽アンサンブル編曲版の上手い演奏がぶつけられ、直後に希美のいい加減なチューニングのフルートとみぞれのオーボエのアンサンブルが崩れた演奏を聞かされる事になる。二人の合わなさは本作で重要な課題になっているのでその事を観客にきっちり伝える仕掛けが施されている。

「リズと青い鳥」OSTアルバムの牛尾憲輔氏作曲楽曲も手が込んでいる。冒頭部アバンタイトルでの楽曲とエピローグの楽曲は足音の合わなさと最後の一瞬合う事の奇跡を音楽に仕込んでいる。普通なら効果音扱いの風や吹部パート練習の音などさまざまな効果音が音楽の一部として取り入れられ、さらに楽器としてビーカーなど学校にあるものが使われている。
「リズと青い鳥」Bluray/DVDの隠しメニューとしてreflexion,allegretto,youの編曲版であるreflexion,andante,you(for their last 4 steps)が入っている。映像として夕方の校内が次々と出てくるのですが、これは2019年1月新宿での舞台挨拶上映会で東山奈央さんが牛尾憲輔さんの希美、みぞれのいない、二人を見守ってきたビーカーや壁たちの音楽としたいという要望でああなったという話があり、本作が音楽による演出という一面がある作品だった事がわかる。

このように映像、演出、音楽全ての面で情報が膨大。その上で登場人物たちのセリフ、表情、感情と思考が反映されていてあの子は何を考えていたのかという読み込みが際限なくできてしまう作品となった。