2018年5月14日月曜日

孤狼の血

昭和63年呉原市=呉市を舞台にしたヤクザ抗争ものに見えるが実際はマル暴刑事の師弟関係、愛を描いた作品。

ネタバレあります。



















「凶悪」「日本でいちばん悪い奴ら」の白石監督。前作でも過去の彼方となった札幌を見事に再現していた。本作も87年の広島を舞台としていて、どう処理するかと思いきや、車とタバコの自動販売機で30年前の世界にタイムスリップさせた。鍵となるものが何か見極めた手法で効果的だった。

主演は先輩のマル暴刑事大上巡査部長に役所広司、新人刑事日岡に松坂桃李が起用された。粗暴な大上に反発しながら惹かれる日岡が見事に化学反応していた。
大上は悪だと当初日岡は見ているけど、接しているうちにちょっとそうでもないんじゃないかという思いで見るようになる。大上はそれを綱渡りに例える。過去この種の刑事描写は新たな桜の代紋を背負ったヤクザに堕ちていて、もっと危うい悪に手を染めるものが多い。本作の場合大上は独自の倫理観があってそこに最後に一線が存在する。
そして敵は何もヤクザ側だけではなかった。

大上は姓に「神」を宿している「狼」だった。呉原でアンダーグラウンドの世界を差配する神だった。走り続けるしかないゲームであり三つの強者の勢力均衡をやって来た。そしてそんな彼を抑え込もうとした側の手先の日岡に何かを見た。

今年、二人の間での愛の対話を描いた傑作は二本ある。一本は才能と友情、性愛とはまた別の恋なのか愛なのかしれない感情などを吹部のコンクール自由曲ソロ掛け合いを通して二人の女子高校生の関係を密着して描いた「リズと青い鳥」。そしてもう一本が本作。
日岡は二つの勢力を抑え込もうとして奔走する大上にタイトロープから降りるように懇請する。あれはもう日岡から大上への愛だった。
命あっての事だと思い大上を説得しようとした。師匠に対する直向きな愛そのものだった。
その気持ちは届いた。けど大上は最後まで諦めずにタイトロープを降りなかった。降りられなかったのだと思う。悪事を手段にして事を為してきた人物にとって自分の命なんて何を今更。これまでに犠牲にしてきたコマたちに対して顔向けできないと思っていたのではないか。
そして日岡の愛を知るゆえに呉原のアンダーグラウンドを差配してきた「神」は後の事を彼に託した。

原作、途中まで読んでいますが改変点が多い。本作に関しては映画チームのセンスが原作を上回った。より魅力的な大上と日岡を創造できている。いい意味で原作に挑戦を挑みより良い結果を引き出せたのではないか。

呉市内ロケ敢行されてますが、灰ケ峰から市内と港を見下ろすシーンは一番呉を感じるカットである。「この世界の片隅に」はこのようなカットで呉の戦災を見つめていて、その町筋、川の流れは本作内でも見て取れる。広島弁も魅力的に織り込まれており、2016年、2018年と呉は珠玉のような映画作品舞台となった。