2016年11月24日木曜日

「この世界の片隅に」での徴兵と志願兵

「この世界の片隅に」は戦時中の海軍事務官の新妻から見た呉での生活が戦争に侵食されていく様を丁寧に描いた傑作コミック&映画となっている。この中では入営して出征した人、志願して海軍水兵となった人、海軍事務官から一等兵曹となった人、第2国民兵役か兵役免除だった人など様々な男性が出てくるので、手元の徴兵関係資料と付き合わせてどのような状況にあったのか少しまとめてみた。

注意:「この世界の片隅に」登場人物について触れた部分があります。物語について一部説明も含まれていますのでご了承頂ける方のみお読み下さい。

間違いがあれば筆者の責任です。


訂正事項:

  • 2016/11/27:海軍は志願兵を基本に置いてますが、不足分は徴兵で補充していたのでその旨修正しました。























1.徴兵制度の基本的な考え方

  • 戦前の日本では満20歳(前年12月1日〜その年の11月30日の間に年齢20歳になる者。昭和17年2月法改正で徴兵年齢が19歳に引き下げられた。なお昭和19年度徴兵検査より適用)に対して、4月16日〜7月31日の間に全国で順次行われる徴兵検査で現役兵入営、補充兵役、国民兵役、兵役免除、再検査に分けられた。
  • 現役兵として入営が決まった者は翌年1月10日に入営するのが大半を占めた。但しその他の日程(4月の日付で出頭指示が為された人もいる)で入営した記録も残されている。
  • 国民皆兵は建前に過ぎない。制度上、軍に志願した以外の男性国民は一定年齢の間、兵士と見なされているが実際には徴兵検査を経て現役兵となって入営になると30代後半で兵役期間を終えるまで大きな負担を強いられる仕組みになっていた。

2.徴兵検査と海軍の徴兵

  • 徴兵制度の運用は陸軍が一括して実施していた。徴兵入営者の陸海軍の振り分けは陸軍が決定する仕組みになっており、その人数は陸軍省、海軍省で折衝により決められた。
  • 海軍は志願兵制を基本に置いており不足分を徴兵により補充する制度運用となっていた。なお志願兵募集は自治体、学校と連携して行っており勧誘により集めるという性格の方が強かった。
  • 陸軍の常備兵役の現役兵枠は予算によって何人入営させるか決まる。
    満20歳(昭和18年以降19歳)で行われる徴兵検査で甲種合格>現役兵採用数であればクジ引きで現役兵入営組が決まる。クジで外れた者は補充兵役に組み入れられるが、平時だと教育召集すらされる事はない人が大半だった。(日中戦争が始まる以前の現役入営率は15%〜20%未満)
  • 戦時になると現役兵採用数>甲種合格者数となり、甲種合格者の全員入営が当然の事となり、それでも足りずに乙種合格者も入営対象となった。敗戦に近付くと徴兵年齢の引き下げや体格など悪く徴兵対象外とされた人まで召集される根こそぎ動員となっていった。
  • 徴兵検査での判定区分
    甲種=(現役)兵役に適している。身体頑強〜健康。身長1.55m以上
    乙種 第1=(現役)兵役に適している。身長1.55m以上で甲種に次ぐ者 
       第2=(現役)兵役に適している。身長1.55m以上で第1乙種に次ぐ者
    丙種=国民兵役に適している。身体上の不良が多い者。身長1.55m以上で乙種に次ぐ者。身長1.50m以上〜1.55m未満の者
    丁種=兵役免除。聴覚・視力などの障がいを持つ者、身長1.50メートル未満の者
    戊種=病中、病後。兵役適否判定不能→次年度再検査
  • 徴兵・召集事務は陸軍連隊区と自治体の兵事係が対応していた。実際に召集令状の送達事務を担当していたのは本籍地自治体の兵事係だった。徴兵制度は軍だけに止まらない国・自治体を巻き込んだ大がかりな官僚システムで成り立っていた。

(1)常備兵役・予備兵役(後備役含む)

  • 兵役期間(陸軍2年)を終えると予備役として残りの期間(15年4ヶ月)召集される可能性があった。このため常備兵役・予備兵役を終えて召集される事がなくなる第1国民兵役に入るのは37歳までかかった。
  • なお戦中は除隊即時再召集されたため兵役期間は有名無実化していた。
  • 補充兵役・第2国民兵役となった人との負担格差は非常に大きく、大正までの徴兵令時代にはあった各種猶予制度などは国民側のもっと負担を公平にしろという声の中で廃止されていったが、徴兵制の過酷さの緩和にはつながっておらず痛みの分散化が起きただけだった。結局の所、陸軍の人材プールを拡大しただけに終わったという評価もある。

(2)補充兵役

  • 第1、第2補充兵役に分けられている。
  • 第1補充兵役には徴兵検査時にクジから外れた甲種と第1乙種の大半と第2乙種の一部が組み込まれた。第1補充兵役は教育召集で訓練を施される事になっており、補充兵役の中ではまず最初に召集される可能性があった。
  • 第2補充兵役には第2乙種の大半が組み込まれた。こちらは教育召集を受ける事はなく、より負担は軽くなっていた。(召集時は教育を受けた上で部隊配属された)
  • 補充兵役の人が実際に召集された時、年齢が高い人も多く30代の兵士が20代の下士官の指揮下に入るような事もあった。大学出身者で補充兵役で召集されて二等兵として戦地に送られた人も多い。大岡昇平もこの補充兵役の教育召集からのフィリピン戦線行きだった。

(3)国民兵役

  • 第1国民兵役は常備兵役・予備兵役を終えた者。
  • 第2国民兵役は17歳〜45歳までの常備兵役・予備兵役・補充兵役に服していない者からなる。徴兵検査で丙種と判定された者もこちらに含まれる。

3.日本の徴兵制度が孕んでいた問題

  • 徴兵制で現役兵入営するというのは10年以上家族の経済状況が不安定になる事がある状況になってしまう事を意味していた。
  • 徴兵検査・甲種合格でお祝いというのは日中戦争・太平洋戦争あたりで顕著にあった思想ですが、シベリア出兵前後の大正時代の徴兵検査だと村の対象者全員でクジ逃れ祈願(現役入営しない祈願)をしてから検査を受けていたという記録が残されている。
  • 現役兵入営のクジに当たってしまうと家が働き手を一人失う事になる。陸軍はこの問題をケアするような制度を作ろうとしたが現代と同様に援助を受ける事を恥とする空気もあって成功しなかったという。


4.「この世界の片隅に」世界の人々

海軍志願兵:

  • 水原哲(昭和20年20歳の時に善行章1本(3年間大過なく勤務していると貰える。古参兵の証)を二等兵曹の階級章の上に縫い付けていた。17歳から志願出来るのでこの年齢で海軍水兵になっている事が分かる。その場合は昭和17年(1942年)入隊で2年目の冬、昭和18年末にすずと再会した事になる)
(参考)「赤紙と徴兵」昭和18年海軍志願兵希望者の場合(240ページ〜)
 昭和18年2月海軍志願兵合格
 昭和18年5月舞鶴海兵団(3ヶ月間)
 昭和18年8月軽巡長良機関科電機部
 昭和19年5月横須賀海軍工機学校入校(3ヶ月間)
 昭和19年8月滋賀海軍航空隊(敗戦まで勤務)


海軍事務官→海軍一等兵曹:

  • 北條周作(昭和20年5月15日付で法務一等兵曹に転官。三等判任官の文官だったのでその等級横滑りで一等兵曹とされたように見える。
    →昭和20年2月に海軍軍法会議法が改正されており、録事は文官から法務科特務士官・下士官を充てるように改正された。これまで録事だった職員(文官)については海軍法務武官任用及服役臨時特例・昭和二十年・勅令第二七三号により法務武官への転官が定められている。海軍軍法会議法の改正は5月15日施行すると別途定められていて、この事から周作は5月15日に一等兵曹(三等判任官)となった。
    これは本土決戦に備えて実施された未成年もしくは兵役義務年齢を終えた兵役義務外の人々を軍事システムに参加させるための義勇兵役法の制定とリンクしている。なおこの法律によって17歳未満の未成年者の大規模な実戦参加につながったのが沖縄戦だった。余談:録事となるためにどのような学校を卒業しているのか気になる人物です。旧制中学校卒業で受験したのかなと思ったりする訳ですが……。)

陸軍入営:

  • 浦野要一(昭和18年4月入営→大正11年・1922年生まれだと思われる)
  • 刈谷さんの息子(昭和20年2月兵役法改正で満17歳以上の徴兵検査前の国民を入営させる事が可能となった。ただ志願なのか徴兵での入営だったのか作中からは判断できなかった→徴兵による入営だったと思われる)

陸海軍いずれかの臨時召集:

  • 森田の叔父さん(年齢不詳。昭和18年12月すずたちが海苔の収穫の手伝いに行った際に何らかの理由による不在が暗示されるが詳細は語られる事はなかった)

第2国民兵役もしくは兵役免除:

  • 黒村キンヤ(径子の夫)

国民兵役:

  37歳以上の人は既に常備兵役・補充兵役の適齢を過ぎて国民兵役入りしていることもあり、例外※を除いて召集される可能性はなかった。但し本土上陸侵攻を受けた場合、これらの人達も義勇兵法に基づいて召集されたはずだった。
  なお日本の徴兵入営率は低いと10%台だったので、戦間期に20〜30代を過ごした世代だとその多くが補充兵役でほとんど軍と関わりなく過ごしてきた人となりそう。

※例外は竹槍事件での強引な懲罰召集。東条首相の怒りを買った毎日新聞の記者一人を召集するための辻褄あわせで同郷の30代後半以上の人達が数十名硫黄島に送られた。記者自身は海軍の応援もあって南方戦地取材に脱出している。
  • 北條円太郎
  • 小林叔父
  • 浦野十郎(すずの父)


5.参考資料

  • 加藤陽子「徴兵制と近代日本 1868〜1945」吉川弘文館
  • 吉田敏浩「赤紙と徴兵 105歳最後の兵事係の証言から」彩流社
  • 時里奉明「安高団兵衛の記録簿 ~「時間」と競争したある農民の一生 ~」弦書房