ネタバレ含みますのでご注意下さい。
ボストンから世界を描いた映画
ボストンを描いた映画は多い。数年前だとベン・アフレック主演・監督の「ザ・タウン」は彼の故郷を描いた強盗ものとして優れた作品だったし、ボストン・サウシーのギャングを描いた「ブラック・スキャンダル」は主演のジョニー・デップがボストンを牛耳っていたバルジャーを快演していた。(州議会議員で大学の学長になったバルジャー弟はベネディクト・カンバーバッチが演じた)
バルジャーの事件は地元名門紙ボストン・グローブが報じた事で実態が明るみに出た。
「スポットライト」ではカトリック教会の児童への性的虐待事件の隠蔽についてボストン・グローブの調査報道チーム「スポットライト」が長期調査報道を行った事で個人の犯罪だけではなく全てを知っていたカトリック教会による隠蔽があった事が暴かれた。
SPOTLIGHT Keywords list
この作品では時間の同時進行(2つのシーンが並行して交互に描かれる)など映画の編集、演出としての見せ方が工夫されている他に脚本の力が問われる会話劇でもある。字幕が作品理解と少しずれた所があるように感じたので気になった点をまとめてみた。全体的に略語や固有名詞が多い。脚本でも具体的な地名をどんどん入れてきていて興味深い。
- "Assistant DA" 1976年ボストンの警察署のシーンで出てくる。
DA=District Attorney 地方検事。この場合は"Assistant"が付くので地方検事補。 - Ben Bradlee Jr. ベン・ブラッドリーJr. Deputy Managing Editor=副編集主幹でスポットライトチームのレポート先(上司)。パンフレットにも出ていますが父親はペンタゴン・ペーパーズの報道で有名なワシントン・タイムズの編集主幹ベン・ブラッドリー。
- Richard H. Gilman ボストン・グローブのPublisher(発行人または社主)1999年〜2006年に在任。ニューヨーク・タイムズ出身で初の非創業家発行人。バロンが階段で人に部屋の場所を聞いて会いに行ったシーンで登場。
- Pete Conley 教会を守護する謎の有力ボストン人。映画関連で載ったボストン・グローブの記事を読むと架空の人物。
- "the Times" 親会社のニューヨーク・タイムズの事。ボストン・グローブは1973年にAP社の傘下に入っていて、そのAP社が1993年10月にニューヨーク・タイムズに買収された事で同社の100%子会社となった。この映画が描いた時期はニューヨーク・タイムズ傘下だった。その後、レッドソックスのオーナーのジョン・ヘンリーが買収して今日に到っている。
- "10:30" (ten thirty) 字幕では「編集会議」。日次の編集定例会議の事をこのように言い表している?
- "METRO" ボストングローブの紙面区分。10年ほど前にロビーがデスクを務めている。何故か字幕では「首都圏」と訳されてますが「(ボストン)都市圏」が相当ではないかなと。
- ”ペトリオッツの開幕戦は何時だ?” 編集会議でスポーツ担当編集者が「選手の離脱についてジミーはシーズン中の復帰と言っているけど、医師は確信を持てないようだ」と説明したところで、ベンが"When's the Pats opener ?"と突っ込んで笑いを取っていた。"the Pats"はおそらく地元のNew England Patriotsの愛称だと推定。開幕戦=前シーズン上位チームが開幕戦地元開催だとしたら意味が通る?
- 「フェニックス」 ガラベディアン弁護士がマイクに「もうフェニックスが記事を載せている」と執拗に切り抜きを見せようとする。この記事は「枢機卿の罪」(Boston Phoenix "Cardinal sin")で記事はネットで閲覧可能。
- ロジャース弁護士のガラベディアン弁護士への誹謗 字幕では「ガラベディアンは弁護士の面汚しだ」といった意の発言をした事になっている。
この部分の脚本直訳だと「グローブはこの事件の関係者じゃない。もしミスター・ガラベディアンが枢機卿の御名を中傷(smear)していなければ、我々はこの場にいる事はなかったはずだ」
これに対してガラベディアン弁護士は「判事、smearという単語に対して異議を申し立てます」として記録から削除させている。 - "Good Germany" マイクがつぶやいた毒のこもった一言。直訳では「良きドイツ人」だが、実際には「良き(ナチスの)ドイツ人」の意であり、アイヒマンのような「悪の陳腐さ」を具現した人物を指す。
- サーシャのパクインへの取材 パクインが自身でやった事を告白した際に使った言葉。話す毎に言い回しを微妙に変えている。fool around=異性にちょっかいを出す gratified=満足した、喜んだ pleasure=喜び、満足、快感
これに対してサーシャは fool around の他に molest=性的ないたずらをする しか使っていない。 - "Massachusetts Board of Bar Overseers" マサチューセッツ州法曹監視委員会が適当か。検索しても適当な訳語、解説が見当たらないが、日本の弁護士会の懲戒請求を審査する組織だと思われる。本作中でガラベディアン弁護士はカトリック教会側から3回も請求を掛けられた事について触れている。
ガラベディアン弁護士がマイクに対して異様に警戒しているのは、カトリック教会がチャンスがあれば弁護活動を出来ないように攻撃を繰り広げていたのではないかと暗示するシーンでもある。 - "Editorial responsibility" 編集責任。ヴォルテッラ判事に証拠資料の開示を求めたマイクとの間で「この種の記録を報じた場合の編集責任はどこが取るのか?」「もしこれを掲載しなかった時の編集責任はどこが取るのか?」と問い返している。字幕だと責任にしか言及してなかったと思いますが、実際には新聞媒体で報じる事に対する「編集責任」の所在を論じている。
- "no folo" バロン編集主幹を交えたミーティングで、自分にも責任があった事をロビーが告白するシーンがある。ロビーはこの時「私たちは記事をメトロ(都市圏)に埋めた。No foloだった」と触れている。「No folo」=「No follow」で後追い記事を取材させなかった事は弁護士たちを一方的に責められる立場にない事を告げている。
- ベンからロビーへの電子メール 字幕は「原稿はまだか」的な内容だったが、実際は"Where are we on your source? It's time."=「我々はあなたの情報源のどこにあるの? 今がその時だ。」=「記事についておまえの情報源に当たったのか?」ぐらいの意味ではないだろうか。(この後、ロビーはサリヴァン弁護士宅へ向かう)
- 家を出たロビーへのサリヴァンの激怒 字幕では「俺に喧嘩を売って何も言わずに帰るのか」。台詞は"You come to my home and lay this shit on me !"=「おまえは私の家に来て私にこのクソを置きやがった」ぐらいじゃないかと。
- 「記事にリンクを貼れば直接飛べます」 バロンの部屋での最後のスポットライトチームミーティングでマットの台詞字幕。ここで言っているのは紙面記事最後にURL掲載しておけば直接(手紙を)見てもらえるという意味。「飛べます」ではWebに記事自体を載せたように受け取れるので不適切な訳。
- "6 , Jan , 2002" ボストン・グローブに事件の記事が載ったのは2002年1月6日(日)だった。この記事(復刻版?)が同社サイトで掲載されている。
証拠資料開示申し立て判決以前に何故資料を入手することが出来たのか
グローブによるゲーガン事案の証拠資料開示申し立てのハンプデン郡上級裁判所法廷の昼食休憩。屋外のベンチで昼食中のガラベディアン弁護士とマイクが話し込むところで、ガラベディアンがこれまでマイクに説明する事がなかった資料の所在の真相を説明している。
- ボストン・グローブは非公開封印命令が出ているゲーガン事案の封印解除・公開を裁判所に申し立てている。
- ガラベディアン弁護士は抱えている複数のゲーガン事案に関係した証拠書類の開示も受けているが、これを勝手に公開する事は出来ない。(無断で見せてしまうとBoard of Bar Overseersに懲戒請求申し立てられる恐れがある)
- 1997年にアンソニー・ベンゼヴィッチという元司祭がやってきてゲーガンが1962年に小さな子供を寝室に連れ込むのを見て、その事を司教に報告したところ南米に異動となって35年後にゲーガン事案について知ってガラベディアン弁護士に連絡してきた。ガラベディアン弁護士は彼を召還して供述調書を取ろうとした。ベンゼヴィッチは弁護士と一緒にやって来たが供述を取り始めると記憶は霧のように消えていった。この時同行してきた弁護士がロジャースだった。
- ところがベンゼヴィッチは地方紙 The Patriot Ledger 紙でインタビューを受けていて同紙に記事が載った。(1998年1月4日)
この事からベンゼヴィッチは何も忘れておらず偽証していた事が証明できる。再度供述を取るための請求を行っているがロジャースが反訴してきている。そのおかげで証拠書類として封印されたゲーガン事案の資料を添付出来る。 - 問題の封印命令はこの訴訟の添付証拠資料には及ばない(!)ので、グローブが記録保管所で開示を受ける事が出来るが、今ファイルされている分ではその資料がなくなっている。教会は何でも出来る。
書類を行方不明にするのはさほど難しくない事は容易に想像できる。例えば事件のバインダーから書類を抜いて別の事件に入れてしまえば良い。
こういったことを教会の為にやる人がいて、更に弁護士資格剥奪狙いの懲戒請求や様々な人が語る誹謗中傷といった事からガラベディアン弁護士は「教会は私を監視している」と言ってマイクをなかなか信用しなかった事への説明にもなっている。
こういったことを教会の為にやる人がいて、更に弁護士資格剥奪狙いの懲戒請求や様々な人が語る誹謗中傷といった事からガラベディアン弁護士は「教会は私を監視している」と言ってマイクをなかなか信用しなかった事への説明にもなっている。
ゲーガン事件の証拠書類の閲覧を巡る不可解な係員の対応
マイクがガラベディアン弁護士から封印されていない証拠書類の存在と不存在を告げられた直後にサフォーク郡裁判所記録保管室に閲覧に行くがこの時は請求するとすぐバインダーを渡されていて、肝心の証拠書類がなくなっている事を確認している。
9.11事件の6週間後、マイクはベンからガラベディアン弁護士は証拠書類を再提出した事を告げられる。マイクは出張取材を切り上げて翌々日にサフォーク郡裁判所記録保管室で閲覧をしようとして係員に封印された資料だと拒否されている。
脚本を見るとマイクがヴォルテッラ判事に会おうとしたところ、受付の人から15:30まで裁判で戻ってこないから座って待っていたらと言われているシーンがある。(この部分は映画ではカットされている)
その結果、記録保管室へとマイクが舞い戻るのは16時を回ってしまい、コピー室は営業終了。係員に83$渡して記録室のコピー機を使わせてもらう羽目になる。
係員が封印された資料として当初見せることを拒んでいるが、これはおそらくは封印命令が出ている事件に関係した申し立ての資料だと気付いて拒否したものであって、教会を守ろうという意図ではなかったのだと思われる。この事は83$が効いてマイクがコピーを手に入れることに成功している事から分かる。
最初の時と対応が違うのは係員の違いからでしょうか。アメリカは窓口係員の裁量も強く、また最初の閲覧では問題の書類が消えているので問題ないと判断したのか。映画、脚本ではこの点は明確な理由提示はされていないと思います。
参考資料)
「スポットライト 世紀のスクープ」パンフレット