アメリカの現在と重ねて見るといろいろ見えて来る映画だと思います。
ネタバレあります。
原作「アフガン、たった一人の生還」
原作はマーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還」(亜紀書房)。オペレーション:レッドウィングのSEALs偵察隊に参加した4人のうち唯一生還したNavy SEALs兵曹による自伝です。
この原作はわりと早い段階に翻訳されており増刷もされていて、ジュンク堂でも回転しているのでと在庫されているようなのですが、私の場合は三宮店→芦屋店→梅田店→大阪本店でようやく確保。(その間に紀伊国屋梅田店、三省堂も回った)
大阪本店は場所が遠いのでTELしたら30秒で「ありますよ。」と言われて信じられず思わず聞き返したら「ちゃんと手元にあります。取置きましょうか?」と言われたので30分後に行くと伝えてGetした一冊となりました。
この後、少々疑問があったのでジュンク堂のお客様相談窓口の方と少しやり取りしましたが、以前から売れていたが、映画が封切られて在庫切れが起きやすくなったとは言われました。
苦労して手に入れた原作本ですが、これがなかなか面白い。冒頭はSEALsに入るべくトレーニングを重ねてきた事や、双子で兄もやはりSEALs入隊しているといった話が出てきます。前半の読みどころはSEALsをSEALsとして規定していると言えるBUD/S訓練期間中のヘル・ウィーク。これは他のSEALs出身者自伝でも必ず取り上げられるところですが、これによってSEALsの兄弟の絆が生まれるところであり、外せない要素です。
オペレーション:レッドウィングについては後半1/3程度で語られていて、映画はこの点にフォーカスしています。
極限状況での選択、兄弟愛と対テロ戦争での敵と味方の混沌
本作ではアメリカの正義は描かれません。ここにあるのはある状況に直面する事になった際の選択とその結果とSEALsの強固な兄弟愛のみがあります。
ヤギ飼いの人々と遭遇した時の選択肢。彼らを拘束した状態で放置すれば狼にやられかねず、釈放すればタリバンに通報される可能性がある。では殺すのか、でも殺してその事が世界に知られれば逮捕、軍法会議は避けられない。このような状況の中でマーフィー大尉は釈放させるように部下たちに命じた。
原作だとマーカスはリベラル派がうるさいからこのような選択をせざるを得なかったと批判的に書いていますが、現地でリベラル派云々と考える猶予があったとは思えない。武装していない人を無力化する=殺害するという行為を自己正当化出来るのかどうか。おそらくこの1点に尽きた。
ここでいうリベラルとは、メディア報道や後方の上級司令部等から見たある種の正しさ、倫理を指している。これを完全に否定する事が出来ない。非武装でもしタリバンだとしても拘束している人を殺せば、それは戦死ではなく処刑に過ぎなくなる。その事が分かっていてなおその状況に追い込まれた事に対する怒りが「リベラル派」という言葉に象徴されていたと思う。
また出撃前にパットンがSEALs隊員として向かい入れる儀式のシーンがあります。形式とはいえ「入会」の儀式を経て誓約をする事でようやく一人前の仲間として認められる。そこに士官も下士官兵もなく濃い兄弟愛で支えられている。
アメリカの正義を本作で見出す人がいますが、そのような事を考えているかも知れないのは実は最高司令官たるアメリカ大統領だけでしょう。
戦争とは外交の延長線上のものです。外交とは本質的に利害調整であって正義や悪という尺度では測れる物ではありません。何かの基準は複数存在し、同盟国すら発言力が充分なければ切り捨てられる。冷酷な世界の話です。
では戦場の兵士の戦う動機は何か。一つは指揮系統を通じて降りてきた命令でしょう。そしてその命令を遂行するのは部隊であり、仲間=兄弟です。彼らを守る為に戦う。そういう側面はあるし、本作はその点をクローズアップしています。(マーカスの生存が分かったときの司令部の将兵たちの動きも仲間を救う、その1点でしか描いていません。またクリステンセン少佐とパットン兵曹が搭乗していた陸軍特殊作戦航空連隊チヌークパイロットにしても同じ。)
最前線の兵士が戦略やその意義を声高々に叫ぶ時、確かにそこにプロパガンバ映画というべきものがあります。本作にはそういう要素はありません。
アメリカにとって911以後アメリカ軍はどこかで戦争を行っている状況にあります。アメリカ軍は現役/予備役制を取っていますが、予備役将兵も召集されて最前線任務に送り込まれる状況にあり、日常になっているとも言えます。10年以上もそのような状況が続く中でアメリカの大義よりも何故戦うのかという理由はより身近で切実な理由がある事が本作では描かれていた。
敵と味方の描写は真実は小説より奇なりを地で行く展開。作中では何故マーカスがパシュトゥン人たちの村に匿われるか分かりません。これは最後のエンドロールでようやく説明がされます。
マーカスを追っていたタリバンの多くはパシュトゥン人から出ていると言われています。そして匿ったのもパシュトゥン人−−−彼を助けたのは宗教ではなくパシュトゥン人の倫理・戒律であるパシュトゥン・ワリにあります。彼を救った人は彼を受け入れると決めた事で守る義務が生じ、実際にタリバンから守り切ります。(映画のような銃撃戦はなかったものの言い争いになり、マーカスの潜伏先を何回も変えている)
オペレーション:レッドウィングの奇妙な最後であり、対テロ戦争での敵と味方とは何か考えさせられます。
SEALsが出てくる映画としては「ネイビーシールズ」がありましたが、架空の話でありSEALsの宣伝映画と言える作品でした。本作は実際に起きた作戦を元に最後の奇妙な展開まで描き切っている。
原作だと本国の家族たちとそれを支援しようとする人々の描写が入ります。このシーンは感動的と言う人もいるようですが、もし本作にそのようなシーンが入っていたら映画のテーマから外れたピンぼけのお涙頂戴感動映画として駄作になっていたでしょう。(ドキュメンタリーならありですが)
「キャプテン・フィリップス」といい、原作にあるこのようなシーンを切ってストーリーテーリングするセンスは素晴らしい。
SEALsの兄弟愛と対テロ戦争の実相を描いた傑作です。音響デザイン(蠅の音なんかね。何気ない環境音で表現)、音楽も冴えた演出になっています。是非映画館で見られる事を推奨します。
※本ページ最後のSEALs出身者自伝著作の参考図書を紹介していますので良ければこちらもお読み下さい。
映画あらすじ
映画はまずドキュメンタリー番組のビデオ、写真ストックをつないでBUD/Sのヘル・ウィークの訓練シーンを紹介するというオープニングからスタート。最後はクリスマスの夜の寒中水泳シーンからアフガンを低空飛行するブラックホークのシーンへ。
重傷のマーカスが運ばれて野戦病院で蘇生処置を受ける中、作戦発起日の朝から回想が始まる。
オペレーション:レッドウィングはアルカイダの要人の潜伏先近くにバグラムから陸軍のチヌークで飛来したSEALs偵察隊4名が途中から徒歩で接近して人相の確認を行い、その後急襲するという作戦。QRF(緊急救援部隊。ブラックホークとAH-64アパッチ各2機。地上兵力はSEALsと海兵隊で構成)は別の前線基地に配備されており、SEALs本隊は潜入成功を確認後チヌークでバグラムに戻るという複雑な動きになっていた。
SEALs偵察隊を乗せたチヌークはバグラムを出発、予定の地点に降下させて撤収。山岳地帯で通信が困難な為、空軍のAC-130スペクターが通信中継で滞空。SEALsが偵察地点に到達するのを待ってこちらも帰投。
最初ターゲットを確認して順調に思えた作戦も、偵察潜伏地点で司令部との連絡が取れず最初のつまづきが始まる。そしてヤギ飼いの老人と少年ら3人との遭遇で究極の選択を迫られる事になる。
武器は持っていないが通信機を持っていた事からタリバンだとして処刑を主張する者、武器を持っていないのに処刑してその事がバレたら逮捕で裁判になるから止めるべきだと主張したマーカス。SEALs隊員3人は指揮官であるマイケル・マーフィー大尉に決断を迫る。
マーフィー大尉はヤギ飼いたちの釈放と作戦中止と撤退を決断。山頂方面に移動して通信を試みるもやはり通じず、雑木林へ移動して通信を続ける。最後は衛星電話を使って作戦指揮官のクリステンセン少佐を呼び出すも中々つながらず結局回線切断の憂き目に。
そうしている中、200名(可能性としての認識で。実際は80名程度だったとされる)ものタリバン部隊に攻囲される。マーカスの「タイムカードを押す」の言葉と共に静かに引き金が引かれ、直後から激しい銃撃戦となっていく。
タリバン側はRPGや迫撃砲、機関銃も装備。多勢に無勢で山頂から降りて行くしか脱出路はなく、断崖絶壁へのダイブを繰り返して逃れようとする。失われる装備。かろうじてM-4カービン銃だけは手放さず応戦を繰り返す。
ダニーは崖から降りる際にはぐれてしまう。激しい攻撃の中、マーフィー大尉はチームの指揮官として衛星電話での通信を試みるべく崖の上の見渡しのいい場所へと上って行く。支援するマーカスとアクス。通信は成功するもマーフィー大尉は戦死。
クリステンセン少佐とパットン兵曹らが乗ったチヌークはマーフィー大尉の連絡を受けて急行。戦線基地で待機していたQRFは護衛のAH-64が陸軍部隊の救援で出動しており、護衛がいない事を理由に留め置かれた中、チヌークは救援の為ならなんでもやるよというパイロットの決断で作戦続行。いよいよ降下、パットンが最初の降下をしようとしたところで、チヌークがRPGの直撃を受けて全員戦死。もう1機のチヌークは緊急離脱。
再び始まった猛攻の中、アクスと分かれたマーカスは崖に身を隠して九死に一生を得た。アクスはタリバンに見つかり応戦の中でひん死の重傷を負い、そして中々当たらない狙撃を数回受けた後、頭に一発被弾して戦死する。
翌朝目覚めたマーカスは水を求めて小川へと転げ落ちたところを、パシュトゥン人が救いの手を差し伸べた。理由が分からず抵抗するマーカス。しかし敵意がない事が分かるとその手を握るのだった。
村に匿われたマーカス。それを見つけたタリバン側と村は敵対状態になる。そして村を攻撃するタリバンとの乱戦の中でマーカスも助けてくれたパシュトゥン人の村民たちは戦う。その中でいよいよ危ないかと思われたところで村からの知らせを受けた米軍のヘリコプタ部隊とガンシップが殺到してタリバンを敗走させる。そしてマーカスはブラックホークで急送されるのだった。
最後のエンドロールの前に何故パシュトゥン人が彼を助けたのか解説のテロップが入る。パシュトゥン・ワリ。パシュトゥン人が長きにわたり守ってきた倫理・戒律に助けを求めた人は守りきる事とされていて、マーカスはこれによって救われた。
そしてエンドロールではSEALs隊員たちを演じた俳優とモデルとなった本人の写真とビデオが紹介される。その中にマーカスを助けたパシュトゥン人とマーカスとマーカスの子供アクスの写真が映し出された。
参考図書
(1)マーカス・ラトレル、P・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」(亜紀書房)
映画「ローン・サバイバー」原作本。
(2)クリス・カイル、ジム・デフェリス、スコット・マクイーウェン「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」(原書房)
原題"American Sniper"。イラク戦争で最多の狙撃スコアをマークしたクリス・カイルの自伝。入隊前からBUD/Sを目指していたという点はラトレルと同じような経歴を持つ。
退役後、退役兵のケアを行っていたが撃たれて亡くなった。
本書はブラッドリー・クーパー制作、スピルバーク監督→イーストウッド監督で映画化に向けて進展中。(2014年3月時点)
(3)ハワード・E・ワーズディン、スティーブン・テンプリン「ビン・ラディン暗殺! 極秘特殊部隊シール・チーム・シックス あるエリート・スナイパーの告白」(朝日新聞出版)
比較的初期のSEALs狙撃手による自伝。ソマリア派兵での「ブラックホーク・ダウン」事案の救援隊に参加。重傷を負い除隊。その後の半生も興味深い。